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出版

タイトル 地盤工学におけるスパースモデリング(<特集>地盤工学への逆解析/データ同化の利用)
著者 珠玖 隆行・吉田 郁政
出版 地盤工学会誌 Vol.65 No.10 No.717
ページ 6〜9 発行 2017/10/01 文書ID jk201707170008
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  • タイトル
  • 地盤工学におけるスパースモデリング(<特集>地盤工学への逆解析/データ同化の利用)
  • 著者
  • 珠玖 隆行・吉田 郁政
  • 出版
  • 地盤工学会誌 Vol.65 No.10 No.717
  • ページ
  • 6〜9
  • 発行
  • 2017/10/01
  • 文書ID
  • jk201707170008
  • 内容
  • 報告地盤工学におけるスパースモデリングSparse Modeling in Geotechnical Engineering珠玖隆岡山大学大学院行(しゅくたかゆき)環境生命科学研究科准教授. は じ め に地盤工学会誌で逆解析の講座が連載されたのが 1995~ 1996 年である。その当時は逆解析の実務への応用が吉郁政(よしだ東京都市大学いくまさ)工学部都市工学科教授ることが知られており4),劣決定問題をいかに解くかが実用上重要である。劣決定問題を解くための常套手段は,何らかの拘束条件や事前情報を考慮するものであり,例えば,次式を解くことで解を得ることができる。期待され盛んに研究されたが,「過度な期待」に答えることができず,その後,「冬の時代」を迎えることにな田min∥x∥2s.t.y=Ax ……………………………(2)上式の意味は,「式(1)を満たし,かつ x の L2 ノルムがる。しかしながら,近年の新しい方法論やアルゴリズム最小となる x を求める」ということである。この方法の開発とその実装を可能にする計算機の登場によって,はノルム最小化法と呼ばれており,「L2 ノルムが最小とこれまで解けないと考えられていた問題も解けるようになるものを解とする」という拘束条件を与えることで解なり,「春の時代」を迎えようとしている,というのがを一意に決定している。筆者の印象である。種々の方法論の中でも,圧縮センシングの分野において発達してきた「スパースモデリング」. 「スパース」とは劣決定問題は情報不足により解が求まらないため,何が特に注目されている。スパースモデリングの考え方自か情報や条件を追加して解かなければならない。その事体はそれほど新しくはないが,効率的な計算アルゴリズ前情報の一つに,「 x のほとんどの要素は 0 である」とムの開発と計算機の発達によって,最近になってその応いうものが考えられる。「解はスパースである」と表現用範囲が急激に広がったと言える1)~3)。本稿ではスパースモデリングの考え方及び基礎理論にすることもできる。アバウトな説明ではあるが,もしm < n であったとしても, x の多くがゼロであれば,すついて説明するとともに,その地盤工学への適用例としなわち非零成分の個数 k が n よりも小さければ,解をて,クロスホール・トモグラフィーを取り上げる。求めることができる。その説明を図―に示す。この,.スパースモデリング. 逆解析の基礎未知パラメータベクトルに多くのゼロを含む性質をスパース性という。. 解のスパース性を考慮した逆問題の解析例として,観測データ y から未知パラメータ x を推解にスパース性が期待できるなら,以下の式を解くこ定する逆問題を考える。その際,y と x に以下の線形関とで,未知パラメータベクトル x を求めることができ係があるとする。る。y=Ax …………………………………………………(1)ここで, y を m 次元の観測ベクトル, x を n 次元の未min∥x∥0s.t.y=Ax ……………………………(3)ここで,∥x∥0 は L0 ノルムと呼ばれ,ベクトル x の成知パラメータベクトル,A は m×n の観測行列とする。ここで考えている逆問題は, m と n の関係により,以下の 3 つに分類することができる。m>n優決定問題m=n平衡決定問題m<n劣決定問題平衡決定問題,すなわち A が正則であれば, A の逆行列を計算し,x を求めることができる。優決定問題は,全ての観測データを満たす x が存在しないため,最小二乗法により誤差の総和(目的関数と呼ばれる)が最小となる x を解とみなす。劣決定問題では,観測データを満たす x が無数に存在するため,解を一意に決めることができないが,事前情報や条件の追加により,解を得ることができる。地盤工学で遭遇する逆問題の多くが非適切な問題であ6図―スパースな解地盤工学会誌,―() 報分のうち,非ゼロ項の個数を表す。そのため式(3)は,方程式(1)を満たしつつ非ゼロ項を最小にする問題を解くことを意味する。式(3)を解くことでスパースな解が.計算アルゴリズム. Alternating Direction Method of Multipliers(ADMM)5)得られるが,そもそも解の中にどれだけのゼロの項が存在するのか,どこに存在するかは不明である。この問題告式(5)を解く際に問題となるのは,絶対値項である L1は,全ての基底の組み合わせを試さないと最適解が得らノルムの取り扱いである。 L1 ノルムは原点で微分不可れない組み合わせ最適化問題であり,「 NP 困難」であ能であるため,何らかの数値的処理が必要である。式ることが知られている。(5)の解を効率的に求めるための種々の方法が提案されそこで,式(3)を解くことを諦めて,代わりに次式を解くことを考える。min∥x∥1s.t.ているが,ここでは計算効率・汎用性の高い Alternating Direction Method of Multipliers (ADMM,交互方向y=Ax ……………………………(4)定数法)と呼ばれる方法を紹介する。本稿では紙面が限ここで,∥ . ∥1 は絶対値ノルム( L1 ノルム)を表してられているため,ADMM の概要のみ示すこととする。いる。なぜこの問題を解けば,スパースな解が得られる詳細については, Boyd et al.4) や大関3) を参照されたい。のであろうか。その説明をノルム最小化との比較も併せADMM では,次式のように二つの関数からなる目的て図―に示す。例として, 2x1 + x2 = 10 の方程式(これを観測線と呼ぶ)から,未知パラメータ x1, x2 を推定する問題を考える。この問題は劣決定問題であり,1 本関数の最小化問題を考える。( f(x)+g(x)) ……………………………………(6)minxの観測線だけから解を一意に決めることができないので,二つの変数 xf, xg を導入して制約条件付き最小化問題にL2 ノルム(円)若しくは L1(ダイアモンド)のノルム置き換える。を最小化するという条件を加え,解を求める。式(2)と式(4)を解くことは,図―において,観測線とノルム( f(xf)+g(xg))minx,xfxf-xg=0 ………………(7)s.t.gのコンターとの交点を求めることに対応している。 L2拡張ラグランジュ法を用いて次の目的関数の最小化問題ノルムでは,観測線との接触点は x1=4, x2=2 となり,として解く。L1 ノルムでは x1=5, x2=0 となる。L1 ノルムでは x2 がゼロとなっており,スパースな解が推定されていることJ=f(xf)+g(xg)+hT(xf-xg)+m∥xf-xg∥22 ……(8)2が分かる。ここでは説明の便宜上,二次元の例を示したこ こ で , h, m は ラ グ ラ ン ジ ュ の 未 定 係 数 と ペ ナ ル テが,未知パラメータが多次元になった場合でも同様な考ィー項の重みを表す。 Lasso 型の最小化問題に ADMMえ方でスパースな解が選択される。実際の観測データを扱う場合には,データに含まれる誤差を考慮する必要がある。そのため,式(4)の代わりに,次式を解くことが一般的である。{min1∥y-Ax∥2+∥x∥12l}……………………(5)ここで,l は正則化パラメータであり,確率論から解釈すると誤差分散を意味する。なお, L1 ノルムを正則化項として用いた回帰は Least Absolute Shrinkage andを適用する場合, f ( xf ) , f ( xg )はそれぞれ次式で与えられる。f(xf)=数で,解に大きく影響する。xf[k+1]=arg minxf{1m∥y-Axf∥22+ xf-xg[k]22l+u[k]∥22(5)において,L2 ノルムを正則化項として用いた回帰は般的に用いられてきた方法である。g(xg)=∥xg∥1 …………(9)ここで,l は観測情報と事前情報のバランスを決める定Selection Operator (LASSO)1)と呼ばれる。一方,式Ridge 回帰と呼ばれ,劣決定問題を解く際にこれまで一1∥y-Hxf∥22,2l}……………………………………(10)xg[k+1]{=arg min ∥xg∥1+xgm∥xf[k+1]-xg+u[k]∥222}……………………………………………………(11)ここに,u は煩雑さを減らすために導入した変数で,次式で与えられる。u[k]=h[k]…………………………………………(12)m式( 10)は変数 xf に関する二次関数であることを考慮すると,xf の更新は具体的に次式で与えられる。xf[k+1]図―-1リッジ回帰(L2 ノルム)とスパース推定(L1 ノ(ルム)……………………………………………………(13)=October, 20171 TA A + mIl)(1 TA y+m(xg[k]-u[k])l)7 報告また,式( 11 )の最小化には,軟判定閾値関数 S( Softthresholding function)を用いて算定することができる。xg[k+1]=S1/m(xf[k+1]-u[k]) …………………(14)a-1/l0-1/la1/l ……………(15)a+1/l適用例スパースモデリングの地盤工学への適用例として,クロスホール・トモグラフィー(以下,CHT とする)を( a>1/l)S1/m( a )=.取り上げる。 CHT の原理は医療や産業で用いられている CT スキャンとおおまかには同じと考えてよく,2 本a<-1/lここに,a=xf[k+1]-u[k]を表す。のボーリング孔間の地盤構造を推定する技術である。また,ラグランジュの未定係数に関係する項は次式で更新される。CT と比較して得られるデータが少ないため,対象となる逆問題は基本的には非適切となる。本稿では紙面が限u[k+1]=u[k]+(xf[k+1]-xg[k+1]) …………(16)られているため, CHT の定式化については割愛し,結. スパース性と「モデリング」果のみ示すこととする。 CHT の定式化に興味のある読スパースモデリングを利用するときに疑問となるのが,者は,Honjo and Kashiwagi7)を参照されたい。「解はスパースなのか」ということである。 L1 や L0ここでは,図―に示す地層構成を真値と設定し,ス正則化は解がスパース性を持つ場合に有効に機能するが,パースモデリングに基づいた CHT を新たに提案し,こスパース性を持たない場合には有効に機能しない。そうの方法により地層構成を推定できるかどうか検証した。すると,スパースモデリングが有効な問題は非常に限定セルの数は縦21×横21の計441個であり,この数が未知されてしまうことになる。しかしながら,解がスパースパラメータ数 n に対応する。計測データの数 m として,でなければ,解がスパースになるように工夫(モデリン図―に示す 2 ケースを検討した Case 1 が m = 441 ,グ)すればよい。これが,スパースモデリングにおけるCase 2 が m=231である。なお,結果を分かりやすくす「モデリング」の意味するところである。スパースな解を誘導する手段として,例えば,全変動微分( TotalVariation,TV)6)が挙げられる。るため,計測データにノイズを加えずに逆解析に用いた。さらに,比較対象として Ridge 回帰に基づいた CHT に着目し,提案手法と比較した。地盤などの層区分を推定する問題では物性値の空間分図―の地層構成を求める場合,解はスパースでない布の微分値を考えると層境界だけが値を持つスパースなため,式( 18 )を用いて解のスパース性を誘導している。空間となる。こうした微分した空間のスパース性に注目計算手法として先述した ADMM を用い,正則化パラした空間分布推定法を考えてみよう。微分の代わりに差メータ l は,観測ノイズを考慮していないことを考慮分を考えて以下の式を解く。し,Ridge,Lasso ともに10-6 と極端に小さい値を用い( f(xf)+g(xg))minx,xfs.t.gBxf-xg=0 ……………(17)た。表 ―  は 各 手 法 , 各 ケ ー ス の 平 均 平 方 誤 差 ( Rootここで, B は TV のための行列であり,例えば,一次元問題で 1 階の差分 B1,2 階の差分 B2 は次式で与えられる。0…0 ┐1-1…0 ││……-1…………………│ ………………(18)││… - 1┘00-2010 …0┐│-2 1 …100││ ……(19)S││000 … -2 1 ┘S…┌1││0B1=│││└0┌1││0B2=│││└0解き方は基本的には大きく変わらないが,行列 B を適切に定式化に持ち込む必要がある。行列 B を考慮した場合,式(13), (14), (16)は以下のように書き換えられ図―る。定対象とする地層構成xf[k+1]=((1 TA A + m BT Bl-1)1 TA y+mBT(xg[k]-u[k])l)……………(20)xg[k+1]=S1/m(Bxf[k+1]-u[k]) ………………(21)u[k+1]=u[k]+(Bxf[k+1]-xg[k+1]) ………(22)図―8仮定した計測機器の配置地盤工学会誌,―() 報表―告RMSE の比較mean square error, RSME)をまとめたものである。この値が小さければ小さいほど,推定精度が高いと判断できる。値から明らかなように,両ケースにおいて,Lasso の RMSE が Ridge のそれよりも小さな値を示している。特筆すべきは,計測データ数が約半分になったCase2 の場合でも, Lasso は Case 1 の Ridge よりも精度が高い。これは,より少ない計測データからでも既存の方法よりも精度の高い推定が可能であることを示している。 Case 2 に関して Ridge と Lasso で再構成した結果を図―に示す。 Case 2 では図の左端の計測データが十分に得られていないため,Ridge の場合,左端に分布するセルの物性値もうまく推定することができない。しかしながら,計測データが少ない状況であっても,解のスパース性をうまく誘導することによって Lasso は高い精度で推定できていることが分かる。. まとめ本稿では,スパースモデリングの基礎について説明するとともに,その地盤工学への適用例として,クロスホール・トモグラフィーを取り上げた。スパースモデリングではスパースな解の誘導方法に任意性があり,そのモデル化がこの手法の成功の鍵を握っている。従来の逆図―各手法による地盤構造の推定結果解析手法と同様に,正則化パラメータの設定方法や非線形問題への対処など,様々な課題はあるが,今後,実務への応用も期待できる方法論であると考えられている。参1)考文献Tibshirani, R.: Regression shrinkage and selection viathe lasso, J. Royal. Statist. Soc. B., Vol. 58, No. 1, pp.267288, 2016.2) Hastie, T., Tibshirani, R. and Wainwright, M.: Statistical Learning with Sparsity, CRC Press, 351p., 2015.3 ) 大関真之今日からできるスパースモデリング, 2016,入手先〈http://wwwadsys.sys.i.kyotou.ac.jp/mohzeki/〉(参照2017.5.31)4) 本城勇介地盤工学で逆解析はなぜむずかしいかマOctober, 2017トリックス方程式の解法としてみた逆解析,土と基礎,Vol. 44, No. 7, pp. 35~38, 1996.5) Boyd, S., Parikh, N., Chu, E., Peleato, B. and Eckstein,J.: Distributed optimization and statistical learning via alternating direction method of multipliers, Found. TrendsMachine Learning, Vol. 3, No. 1, 122p, 2010.6) Rudin, L. I., Osher, S., and Fatemi, E.: Nonlinear totalvariation based noise removal algorithms, Physica D,Vol. 60, pp. 259268, 1992.7) Honjo, Y. and Kashiwagi, N.: On the optimum design ofa smoothing ˆlter for geophysical tomography, Soils andFoundations, Vol. 31, No. 1, pp. 131144, 1991.(原稿受理2017.6.21)9
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