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タイトル 6. 自然的要因における微生物の役割と対策(地盤工学と地質学における最新のかかわり)
著者 井上 千弘
出版 地盤工学会誌 Vol.65 No.2 No.709
ページ 36〜43 発行 2017/02/01 文書ID jk201707090019
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  • タイトル
  • 6. 自然的要因における微生物の役割と対策(地盤工学と地質学における最新のかかわり)
  • 著者
  • 井上 千弘
  • 出版
  • 地盤工学会誌 Vol.65 No.2 No.709
  • ページ
  • 36〜43
  • 発行
  • 2017/02/01
  • 文書ID
  • jk201707090019
  • 内容
  • 地盤工学と地質学における最近のかかわり.自然的要因における微生物の役割と対策井上千東北大学大学院弘(いのうえ環境科学研究科ちひろ)教授. は じ め に微生物は地球上のいたるところに存在し,その活動は多岐にわたる。岩石,鉱物,土壌など自然界に存在する無機物質ともさまざまな相互作用を示し,炭素をはじめ窒素,リン,硫黄や金属元素の循環において大きな役割を担っている。地球上に微生物が出現してから 35 ~ 40 億年が経過しているが,その間に微生物は地球環境を大きく変えてきた。光合成微生物の働きにより,原始地球の嫌気的な大気が酸素に富むものに変化した。また無機物だけの環境から大量の有機物を合成して,高等生物を養うことのできる環境が作られた。現在も微生物は地球上のさまざま図―. 自然界における硫黄循環の概略な環境下で見いだされる。極地の氷の中,火山や温泉などの高温環境,数百気圧もの圧力のかかる深海底,塩がら+6 価までさまざまな酸化状態をとりながら,大気圏,析出するような塩濃度の高い水の中,pH が 2 以下の非水圏,地圏,生物圏の間を複雑に循環している。硫黄は常に強い酸性環境,あるいは酸素が全く存在しない地下大気中では二酸化硫黄( SO2)や硫化水素( H2S)の形内部でもそれぞれ棲息する微生物が見いだされている。態で存在している。海水中に存在する硫黄はほとんどがまた微生物が,土壌中などの地下環境中に多数存在する硫酸イオン(SO42-)の形態である。堆積物や岩石中にことも古くから知られている。地盤環境をはじめ,さま存在する硫黄は,石膏( CaSO4 ・ 2H2O )などの硫酸塩ざまな地下環境中で微生物は炭素,窒素,リン,硫黄なや黄鉄鉱( FeS2 )をはじめとする硫化物の形態をとっど生物にとって必須の元素の物質循環を担うとともに,ている。生体中において硫黄は 2 種類のアミノ酸中にさまざまな老廃物を分解して新たな栄養素の供給源とな含まれている。っている1)。図―.に自然界,特に地球表層の生物圏における硫このような微生物の活動のうち,自然的要因による重黄循環の概略を示す。地圏から火山ガスの噴出に伴い硫金属の溶出に深く関与しているのは硫黄の循環に関与す化水素や二酸化硫黄が大気中に放出され,海洋からは海る硫黄酸化細菌と硫酸還元菌である。本稿ではまずこれ水飛沫の形で硫酸イオンが大気に移行する。また土壌やらの細菌が地球表層での硫黄循環に関与する役割を解説海洋中の微生物の働きにより揮発性の硫化ジメチルし,硫黄酸化細菌とその近縁の細菌である鉄酸化細菌の(( CH3)2 S)が生成されて大気に移行する。さらに近年,活用例であるバイオリーチングを紹介し,比較的研究が化石燃料の燃焼や非鉄金属製錬といった人間活動に伴っ進められているこれらの細菌による硫化鉱物の溶出機構て放出される硫黄酸化物が増大しており,大気に移行すについて述べる。その上で自然的要因による重金属類のる全硫黄量の約 1 / 3 となっている。大気中では硫化水溶出とこれらの微生物との関係について,また特に嫌気素や硫化ジメチルは容易に酸化され,あるいは降雨によ的な環境下で発生するヒ素の溶出と鉄還元細菌との関係り取り除かれる。大気中で二酸化硫黄は亜硫酸イオンについて,自然的要因による重金属類の溶出の問題が多( SO32- )や硫酸イオンになり,酸性雨として大気から発している海成堆積層に焦点を絞り,著者のグループが取り除かれる。降雨により地表に落下した硫黄分は,河進めてきた研究を中心に紹介する。さらに,これらの微川を通じ最終的には海洋に到達する。また岩石中の硫黄生物活動を抑制することによる重金属類の溶出防止に対分は風化作用により水に溶解し水圏に移行する。海洋でしての著者の見解を紹介していく。は硫化物や硫酸塩の形で硫黄分が沈殿し,堆積物として. 地球化学的な硫黄循環と微生物の役割硫黄は地球上に豊富に存在する元素であり,-2 価か36海洋底に蓄積する。岩石や土壌中の硫化物(MS で代表して示す)や硫黄( S0)は,酸素( O2)と水( H2O)が存在する環境下で地盤工学会誌,―() 講  座は微生物の働きにより,式(6.1),式(6.2)に従って酸化され,最終的に硫酸に変換される。されてしまうことが知られている2)。水に溶解した硫化水素は,酸素が存在しない環境でもMS+2O2 → MSO4 …………………………………(6.1)光合成硫黄細菌により酸化され単体硫黄になる。この反2S0+3O2+2H2O → 2H2SO4 ………………………(6.2)応の結果により硫黄鉱床が形成されることがある。水深これらの反応を起こす一群の微生物は硫黄酸化細菌と呼25 m 以上の湖では,湖底が嫌気的でそこには硫酸還元ばれ,代表的なものとして Acidithiobacillus thiooxidans菌が棲息しており,この細菌の活動で生じた硫化水素が(アシディチオバシルスチオオキシダンス)と湖水中を上昇する。一方,水深 15 m ぐらいのところにカルは光合成硫黄細菌が棲息しており,上昇してきた硫化水ダス)が知られている。両者は pH が 2 付近の強い酸性素を消費して硫黄を生成している。この水深は,太陽光条件を好み,pH が 1 以下の環境でも生育することがでの到達する限界であり,かつ溶存酸素濃度がゼロである。きる。この細菌は硫黄化合物の酸化によりエネルギーを生成した硫黄が長い期間をかけて湖底に堆積し,やがて獲得し,また二酸化炭素(CO2)だけを炭素源として利硫黄鉱床となる。Acidithiobacillus caldus (アシディチオバシルス用して生育する2)。硫酸イオンは微生物や植物の硫黄源として利用されるとともに,酸素が遮断された嫌気的環境で有機酸などの有機物の存在のもと,硫酸還元菌の作用で硫化水素に変換される。H2SO4+2C3H6O3 → H2S+2CH3COOH+2H2O+2CO2 ……………………………………………(6.3)式(6.3)は硫酸還元菌が有機酸として乳酸(C3H6O3)を利用して硫酸イオンを還元し,硫化水素と酢酸(CH3. 鉄酸化細菌・硫黄酸化細菌による硫化鉱物の溶解とバイオリーチング鉄酸化細菌は溶液中の溶存酸素を用い,第一鉄イオン(Fe2+)を酸化する際のエネルギーを利用して増殖する微生物であり,pH が 2 付近の酸性条件で第一鉄イオンを酸化する Acidithiobacillus ferrooxidans(アシディチオバシルスフェロオキシダンス)や Leptospirillum fer-rooxidans(レプトスピリラムフェロオキシダンス)と,COOH)を生成させる場合の反応式を示したものである。pH が 6 ~ 7 の中性条件で第一鉄イオンを酸化する Gal-硫酸還元菌の代表としては Desulfovibrio(デスルフォビlionella(ガリオネラ)属や Leptothrix(レプトスリックブリオ)属や Desulfotomaculum (デスルフォトマキュス)属がよく知られている。このうち A. ferrooxidansラム)属の細菌が知られるが,これらは中性 pH の環境と L. ferrooxidans は,増殖の最適 pH は 2 付近で, pHを要求し,酸素が存在すると生育できない偏性嫌気性微が 1 以下の極端な酸性環境でも生育可能であり,また生物である。実験室でこれらの硫酸還元菌を培養する際多くの重金属イオンに対し耐性を示す。この 2 種の細には,例えば表―.に示す組成の培地を用いる。この菌は第一鉄イオンの酸化によりエネルギーを獲得し,ま培地中で嫌気状態を保ちながら 30 °C で数日間培養するた二酸化炭素だけを炭素源として利用する4)。と,硫化水素の生成に伴い黒色の硫化鉄(FeS)が沈殿するため,硫酸還元菌の生育を容易に判別できる。4Fe2++4H++O2 → Fe3++2H2O ……………(6.4)式(6.4)の反応は中性の pH では速やかに進行する5)が,硫酸還元菌が産生する硫化水素は細胞呼吸系の酵素を低 pH 領域では極めて緩慢にしか進行しない。しかし,阻害するため生物にとって有毒なものであり,また金属鉄酸化細菌が存在すると,その保有する鉄酸化酵素の触を腐食させるなどの悪影響をもたらす。さらに硫酸還元媒作用により速やかに反応が進行するようになり,強力菌と硫黄酸化細菌の共同作業でコンクリートを腐食させな酸化剤である第二鉄イオン(Fe3+)が生成される。ることもある。例えば,コンクリート製の下水管におい表―.は実験室で鉄酸化細菌を培養する場合に使用て下水中の硫酸還元菌の活動で生成した硫化水素が下水される培地の一例である。この培地を入れた三角フラス管の気液の境界面のところで硫黄酸化細菌により酸化さコに,自然界から採取した表層土壌や露頭に現れているれ,生成した硫酸によりその部分のコンクリートが腐食岩石の試料を少量入れて, 30 °C で数週間培養すると,多くの場合に培地の色が第二鉄イオンの生成を示す赤い表―. 硫酸還元菌培養用培地の化学組成3)色を示し,顕微鏡下では鉄酸化細菌の増殖が認められる。つまり,鉄酸化細菌は地表付近の土壌や岩石のいたるところに存在し,適切な環境が整えられればその活動が活発に行われることが分かる。A. ferrooxidans と L. ferrooxidans ,及び前述の 2 種類の硫黄酸化細菌 A. thiooxidans と A. caldus は,バイオリーチングと呼ばれるプロセスが適用される現場で活発に活動している。バイオリーチングとは,好酸性の細菌を利用して鉱石から銅,金などの有用金属を抽出,回収する技術であり,現在,低品位硫化銅鉱石からの銅生産プロセスや含金硫化鉄精鉱からの金生産プロセスで実用化されている6),7)。このうち銅地金を生産するプロセスFebruary, 201737 講  座表―. 鉄酸化細菌培養用の培地組成7)では輝銅鉱( Cu2S),銅らん(CuS)などの銅鉱物を含む鉱石を粉砕後,適切なサイズに造粒してから堆積場に堆積し,堆積層(ヒープ)の上部から定期的に散水して細 菌 に よ る 浸 出 を 促 し , 堆 積 層の 下 部 か ら 銅イ オ ン( Cu2+ )を含む浸出液を抜き出し,溶媒抽出電解採取法により電気銅を生産している。造粒する際に硫酸を添図―. 黄鉄鉱,輝水鉛鉱などのバイオリーチングのメカニズム加し堆積層内部が強い酸性を維持できるようにしておくため,鉄酸化細菌や硫黄酸化細菌の活動が活発になり,2MS+2Fe3+ → 2M2++2Fe2++S22- …………(6.5)銅鉱物の溶解が促進される。このプロセスで生産されるS22-+2Fe3+ → 2S0+2Fe2+ ……………………(6.6)銅は世界の銅生産量の 2割に及ぶと言われている8)。これらの反応で生成した第一鉄イオンは鉄酸化細菌によ一方,黄鉄鉱( FeS2),硫ヒ鉄鉱(FeAsS)などの硫って酸化され(式(6.4)),第二鉄イオンが再生される。化鉱物中に随伴される金はシアンで溶解させて回収するまた,式( 6.6 )で生成した硫黄は鉄酸化細菌,硫黄酸通常の金製錬(青化製錬)法の適用が困難で,難処理資化細菌によって,式( 6.2)に従い硫酸イオンに酸化され源とされてきた。このような金の回収にバイオリーチンる。しかし,鉱物や反応条件によっては生成する硫黄がグの手法を応用するプロセスが開発された。このプロセ鉱物表面で稠密な皮膜を形成して酸化されなくなるととスは,あらかじめシアンを消費してしまう硫化鉱物を微もに,硫化鉱物の溶解を妨害することがある。特に銅資生物反応により溶解させた後,その溶解残渣に残留する源としてもっとも埋蔵量の多い黄銅鉱は,この硫黄被膜金を青化製錬法で回収するものであり,常温,常圧で反の形成により銅の溶出が進みにくくなるため,バイオ応を行うことができる。このプロセスはアフリカ,南米,リーチングの適用が難しいとされている。オーストラリアなどの金鉱山で適用されており,このう鉄酸化細菌や硫黄酸化細菌の作用により,採掘中や採ちガーナのアシャンティ鉱山では 1 日あたり 1 000 t も掘が終了した金属鉱山あるいはその廃さい堆積場から,の金鉱石が処理されている。有害な金属イオンを含む鉱山廃水が大量に発生すること硫化鉱物の微生物による溶解メカニズムは鉱物の種類がある。岩手県北部にある松尾鉱山は 1971 年に閉山さによって異なることが示されている9),10)。このうち黄鉄れたが,坑内には膨大な量の黄鉄鉱などの鉱石が残され鉱,輝水鉛鉱( MoS2)など結晶中の硫黄が二硫化物でている。現在も坑内から発生している坑廃水は強酸性で存在する鉱物では,チオ硫酸を経て硫酸が生成する反応鉄やヒ素を含んでおり,その量は年間約 900 万 m3 に達機構が提案されている。この場合,図―.に示すようする。かつてはその坑廃水がそのまま河川に流れ込み,に MS2 で代表される二硫化物の形態の硫化鉱物は,鉄流域一帯に深刻な環境問題を引き起こしたが, 1982 年酸化細菌が生成させる第二鉄イオンにより溶解され,中にその中和処理施設が運転を開始し,以降は流域の環境間体としてチオ硫酸イオン( S2O32- )が生成する。チは回復している11)。オ硫酸イオンは硫黄酸化細菌によって硫酸イオンに酸化される。チオ硫酸の生成反応で生じる第一鉄イオンは,鉄酸化細菌によって再び第二鉄イオンに再生される。. 自然的要因による重金属類の溶出と微生物の関係これに対し,閃亜鉛鉱(ZnS),方鉛鉱( PbS),黄銅道路工事やトンネル工事に伴う地盤の掘削により岩石鉱( CuFeS2 )などの硫化鉱物( MS で代表する)は,や堆積物が地表に露出すると,それらは空気中の酸素やポリ硫化物イオン(一般式 Sn2- , S22- で代表する)を雨水の作用により風化されていく。風化が進行した露頭経て酸化溶解する反応機構が提案されている。この場合付近の岩石や,掘削後に地表に放置され風化が生じた岩も,硫化鉱物は第二鉄イオンによって酸化されるが,そ石ズリを採取して環境省告示第 18 号に示される方法にの際に式(6.5)に示すように中間体としてSn2-が生成し,準じた溶出量試験を行うと,しばしば基準値を超過するさらに第二鉄イオンによって最終的に硫黄まで酸化され重金属類の溶出が生じる12) 。この現象は多くの場合,る(式(6.6))というものである。岩石や堆積物中の黄鉄鉱をはじめとする硫化鉱物が,酸38地盤工学会誌,―() 講  座素と水に接して酸化されることによってもたらされる。は大量の第二鉄イオンが存在していたことから,そのよこの酸化反応の進行度は硫化鉱物の種類やサイズ,そのうな低 pH の条件下において純化学的な反応のみで高濃結晶度,母岩の種類や共存する鉱物などのさまざまな要度の第二鉄イオンが生成するとは考えにくく, A. fer-因で変化するため一律的な予測は難しいが,長い時間スrooxidans や L. ferrooxidans のような酸性環境を好む鉄ケールの中では着実に進行していく。酸化細菌による第一鉄イオンの酸化が生じているものと我々のグループでは,酸化反応が進行しやすいと考え考えられる。実際,別の実験ではあるが,同様の方法でられる海成堆積層から採取したフランボイド状の黄鉄鉱風化させた後の海成堆積層試料中には多数の鉄酸化細菌を含む試料を用い,実験室で風化を促進させた前後で溶の存在が認められている。鉄酸化細菌の活動は pH が 2出量試験を行い検討を行った。2 mm 以下に整粒した試付近の低 pH で活発になるため,黄鉄鉱の溶解が進行す料をシャーレに広げ,湿度をほぼ100に保った30°Cのるにつれ,溶解速度が加速されていくことになる。恒温室内で保持し,試料の風化を促進させた。このように黄鉄鉱を含む岩石や堆積物試料を酸化的な図―.はその結果の一例である。溶出量試験後の溶環境に晒した場合に黄鉄鉱の溶解が生じる。黄鉄鉱にカ出液の pH 値に関しては,風化 0 日目においてほぼ中性ドミウム,鉛などの有害重金属類が微量含有されているであった溶出液の pH が風化の進行に伴い低下し,30日と,それらも溶解して重金属イオンとして存在し,溶出間風化させたものでは 3.2まで低下していた。また鉄溶量試験で基準を超過してしまうことが多い。しかし黄鉄出量は風化の進行とともに増加しており,溶出液の pH鉱にヒ素が随伴していても,ヒ酸( AsO43- )の形態でが 4 を下回ると溶出量の増加が加速している。風化前溶解したヒ素は水酸化鉄()に吸着するため,溶出量にはカドミウムの溶出は認められなかったが,風化の進試験ではヒ素の溶出は顕著には起こらず,多くの場合土行に伴いカドミウムの溶出が始まり, 30 日後には含有壌溶出量基準を下回る値となっている。されるカドミウムのほぼ全量が溶出するようになった。一方,ヒ素溶出量は風化の進行とともに緩やかに増加し. 嫌気条件下でのヒ素の溶出と微生物の関係ているが,溶出量基準は超過しなかった。しかしながら水酸化鉄()は嫌気的で中性から弱酸性の環境下で逐次抽出法によりヒ素の化学形態を追跡すると,風化に適当な還元剤が存在すると還元され,第一鉄イオンが水伴いリン酸で抽出されやすい化学形態に変化しており,に溶出する。この水酸化鉄()にヒ酸が吸着している水酸化鉄()に吸着しているものと推察された13)~15)。と,水酸化鉄の還元的な溶解に伴って水酸化鉄()にこの結果から,海成堆積層中の黄鉄鉱が風化の過程で吸着していたヒ素も溶液中に放出される。酸化溶解して,大量の鉄イオンの溶出と硫酸イオンの生このような嫌気的環境下でのヒ素の溶出を確認するた成が生じ,pH の低下とカドミウムの溶出が起こったもめ,以下の手順で長期間の溶出試験を行った。イオン交のと考えられる。最終的な溶出液全体の pH は 3.2 であ換水をバイアル瓶に入れ,脱酸素した窒素ガスにより水るが,黄鉄鉱の近傍では pH はさらに低い状態になって中の酸素の除去を行った後に試料を投入し,さらに窒素いるものと想定される。また風化後の試料の溶出液中にガスで気相のガスの置換を行った。その後,迅速にブチルゴムセプタムとパラフィルムで密封した。混合した試料は 30 °C で最大 4 ヶ月間振とうした。同一の条件で複数本のバイアル瓶を用意し,定められた時間で 1 本ずつ分析した。分析の際は,窒素を充填したグローブボックス内で試料液を遠沈管に移し,3 300 rpm で15分間遠心分離後,上澄み液を0.45 mm メンブレンフィルターでろ過し,直ちに ICPMS 等により分析を行った16),17)。図―.はその結果の一例である。ヒ素と鉄の溶出量が時間の経過とともに単調に増加しており,試験開始時にはほとんど溶出の見られなかったヒ素が,4 ヶ月後には溶出量基準値の 8 倍の濃度で溶出している。鉄は最終的に 80 mg / L 以上溶出しており,ほぼすべてが第一鉄イオンとして存在していた。試験期間内で pH 値は初期を除き 6 付近で推移している。同じ検討を山形県,宮城県,北海道,岩手県内から採取した合計 8 種類の岩石に対し行った結果を表―.にまとめた。表に示すように,8 試料中 7 試料で 4 ヶ月後にヒ素の溶出量基準値を超過していた。特に試料 E においては基準値の230倍に達するヒ素の溶出が認められ図―. 海成堆積層試料の風化日数と重金属溶出量及びpH との関係February, 2017た。結果の詳細は示さないが,ヒ素の溶出が認められる試料においてはいずれも鉄の溶出も生じていた。しかし,39 講  座図―. 鉄還元細菌存在下での長期嫌気溶出試験結果bactor 属をはじめとする鉄還元細菌が活発に活動する液体中での溶出実験を試みた。仙台市内の水田から採取した土壌試料を嫌気性細菌培養用の培地(トリプトン 1,酵母エキス0.3,グルコース0.5)を用い,嫌気条件図―. 嫌気条件下での長期溶出試験結果表―. 長期嫌気溶出試験における最終ヒ素濃度下で培養を行い,鉄還元細菌主体の集積培養を得た。嫌気性細菌培養用の培地に表―.に示した岩石,堆積物試料を添加し,さらにこの集積培養を接種して嫌気条件下で 2 週間の溶出実験を行った16) 。結果の一例を図―.に示すが,実験を行ったほとんどの試料で,対照実験で行った微生物無添加のものと比較して顕著なヒ素の溶出が認められ,鉄還元細菌が活発に活動することにより還元的な条件下でヒ素の溶出が促進される場合があることが示された。上述した検討の場合,使用した溶出液には嫌気性細菌培養用の成分が,実際の地下環境とはかけ離れた高い濃度で含まれている。このような極端な条件は通常は生じないと思われるが,前節で述べたような黄鉄鉱の酸化溶解によって一度ヒ酸の形態で溶解してから水酸化鉄()それ以外の重金属類に関して溶出量の増大の傾向は見らに吸着したヒ素を含む建設発生土が地下に埋設される際れなかった。これらのことからヒ素の溶出が生じた試料に,有機物を大量に含む汚泥や生ごみなどと一緒に埋めでは,いずれも水酸化鉄の還元的な溶解に伴って水酸化られた場合には,鉄還元細菌の活動する環境が整えられ鉄()に吸着していたヒ素が溶液中に放出される現象るため,ヒ素の溶出が促進される恐れがあり,注意が必が生じたと考えられる。要である。水酸化鉄()が豊富な中性の嫌気的環境に有機物(ここでは CH2O で代表させる)が存在するとき,Fe3+を酸素の代わりの電子受容体として利用し,有機物を酸化する鉄還元細菌が活動して有機物を酸化することが知られている。CH2O+7CO2+4Fe(OH)3→ 8HCO3-+3H2O+4Fe2+ …………………(6.7)鉄還元細菌の代表としては Geobactor(ジオバクター). 微生物活動の抑制による重金属類溶出防止対策に関する考察これまで述べてきたように硫化鉱物を含む岩石や堆積物を酸化的な環境下に放置しておくと,風化に伴う硫化鉱物の溶解に伴って硫酸の生成による酸性化と有害な重金属イオンの溶出が生じ,その過程で鉄酸化細菌などの微生物の関与が考えられる。このような自然的な要因に属が知られており,この細菌は有機物として乳酸,酢酸よる重金属類の溶出防止にあたって,抗菌剤の活用によなどの比較的低分子の有機酸を主に利用する。また Ge-り鉄酸化細菌の活動を抑制してしまうという考え方もあobactor 属の細菌は,第二鉄イオンを電子受容体としてる。しかしながら,建設工事の発生土に見合う抗菌剤が利用し,ベンゼン( C6H6),フェノール( C6H5OH )な膨大な量になること,抗菌剤の散布が別の環境問題を引どの石油系炭化水素化合物を分解することも知られていき起こす可能性があることなどから,現実的なものではる。ない。また,かつて鉱山の廃さい堆積場や坑道からの重水酸化鉄()の還元溶解が促進される条件では,よ金属含有廃水の発生防止対策として,抗菌剤の散布等がり多くのヒ素が溶出することが予測されたため, Geo-行われたことがあったが,その効果はほとんど認められ40地盤工学会誌,―() 講  座なかったようである。現在は自然的な要因による重金属表―. ボーリングコアの採取深度と特徴類の溶出防止硫化鉱物と酸素,水の接触を遮断することがもっとも重要であることが広く認識されてきている。例えば仙台市の地下鉄東西線建設工事の発生土の場合,可能な限り速やかに処分地の嫌気的環境下に埋設するような対応がとられてきた。またこのような対応をとれば,鉄酸化細菌への酸素の供給も遮断されるため,その活動も自ずと抑制されることになるはずである。しかし,上述したような発生土の地下埋設の有効性を検証した例はあまり報告されていない。我々はかつて行われた建設工事の発生土が埋め戻された場所から,ボーリングコアを採取し,掘削と埋め戻しの履歴を経た海成堆積層試料が,履歴を受けていないものからどの程度性質が変化しているかを検証した18)。ボーリングは地表面から約 19 m 下まで行われ,発生土は深度1.5 m から16.5 m の部分に分布していた。深度1.5 m から16.5 m の部分は海成堆積層の特徴である青灰色を呈しており,深度 13 m 以下の部分は風化の影響と考えられる赤褐色を示していた。また, 16.5 m 以下の部分は地山となっていたが,この部分の地層も海成堆積層であった。試料はこのボーリングコアの中から 10 区間選定した。コア 1 が表層土壌,コア 2 からコア 9 が盛土された発生土,コア 10 が地山の海成堆積層の試料である。なお,コア 8,コア 9 は赤褐色を示したが,この部分は発生土の仮置き時に作られた盛土の表層部分に該当する試料であり,仮置き時に風化が進行したため変化したものと考えられる。各コアの採取深度を表―.にまとめた。各々のコア試料を用いて,環境省告示 18図―. 未風化のボーリング試料の溶出試験結果(Cd,As)号の土壌溶出量試験に準じた方法で,ヒ素とカドミウムの溶出量を求めた。また,それらのコア試料に対し.に記載した方法に従って 30 日間風化させた後,未風化の試料と同様に溶出量試験を行った。さらに風化前後のボーリングコア試料に対し逐次抽出試験19) を行い,重金属類の化学形態を推定した。化学形態は,イオン交換態,リン酸交換態,鉄酸化物態,残渣の 4 形態に分けた。風化前の試料の溶出試験の結果を図―.に示すが,いずれのコア試料からも溶出量基準(ヒ素,カドミウムとも10 mg/L)を上回るようなヒ素とカドミウムの溶出は生じていなかった。また風化前後の試料におけるカドミウムの溶出量を図―.に示す。風化後,コア 8 とコア 9 以外のすべてのコアにおいて溶出量の増加が確認図―. 風化前後のボーリング試料の溶出試験結果(Cd)できた。特にコア 2 ,コア 4 ,コア 6 ,コア 7 ,コア 10ではカドミウムの土壌溶出量基準を超過していた。コア8,コア 9 に関してはカドミウムの溶出量変化が小さく,風化処理の前後でほとんど化学形態は変わっておらず,試料を採取した時点で既に風化されていたことが考えら鉄酸化物態とリン酸交換態が主体の形態となっている。れる。逐次抽出試験により試料中のヒ素の化学形態を検コア 9 でも同様の傾向が認められた。討した結果のうち,コア 6 とコア 8 の結果を図―.と以上の結果から,コア 2~7 ではボーリングコアを採図―.に示す。コア 6 では風化処理前は鉄酸化物態と取した時点で試料はほとんど風化を受けていないことが残渣が主体であったが,風化処理後は残渣の割合が減少示された。すなわち,ほぼ元の海成堆積層と同じ性質をしリン酸交換態の比率が増加している。この傾向はコア保っていることになる。一方,コア 8 と 9 はコア採取2 ~ 7 で共通して見られたものである。一方,コア 8 は時点で既に風化を受けていたが,その原因はこの部分がFebruary, 201741 講  座鉄()が生成されやすくなるが,.で述べたように水酸化鉄()が還元的環境下に移行すると鉄還元菌の活動によって還元溶解して,ヒ素が溶出する可能性がある。この嫌気的なヒ素の溶出を促進される鉄還元菌は比較的低分子の有機酸を利用するため,これらの有機物を地中に供給しないことが重要である。. お わ り に本稿では,硫黄酸化細菌と硫酸還元菌が地球表層での硫黄循環に関与する役割を解説した上で,硫黄酸化細菌や鉄酸化細菌を活用したバイオリーチングを紹介するなかでこれらの細菌による硫化鉱物の溶出機構について示図―. ボーリングコア 6 の風化前後のヒ素の化学形態した。その上で,海成堆積層に的を絞り好気的環境で起こる硫化鉱物の溶解が主因となる自然的要因による重金属類の溶出と嫌気的な環境下で発生する水酸化物の還元溶解に伴うヒ素の溶出に関して解説した。またそれらの現象に関与する微生物の役割と,これらの微生物活動を抑制することによる重金属類の溶出防止対策に対する筆者の見解を紹介した。今日,道路工事やトンネル工事に伴い掘削された海成堆積層や鉱染帯を含む岩石からの重金属類の溶出は大きな問題となってきている。現象に関する理解は深まってきているが,重金属類の溶出への微生物のかかわりに関しては,その重要性が判明しつつもまだ知見が十分に蓄積されていない状況であり,今後研究の進展が期待される。図―. ボーリングコア 8 の風化前後のヒ素の化学形態参発生土を地上に仮置きした際の表層部分であったためである。このことは,この海成堆積層由来の発生土の場合,一度地中から採掘されてから,早めに地中に埋め戻すことにより,元来この発生土が海成堆積層として地中に存1)2)3)在に存在していたのとほぼ同じ状態で保持できるものと考えられる。4)ひとたび地下からの掘削という過程を経ると,その岩石や堆積物は嫌気的環境から好気的環境に移行するため,5)少なくとも表面の部分は酸化を受ける。鉄酸化細菌はこのような環境を好んで生育するため,その働きには十分6)注意する必要がある。鉄酸化細菌の活動を遮断するためには,酸素の供給を断つのがもっとも効果的であるので,黄鉄鉱をはじめとする硫化鉱物を含む発生土が生じた場合はできるだけ早く地中に埋め戻すことが望ましい。仙7)8)台市の地下鉄東西建設工事で発生した海成堆積層を含む建設残土は,掘削後速やかに仙台市内にある発生土堆積9)場に輸送され,直ちに転圧されながら堆積されてきた。堆積後,時間をおいてからボーリングにより採取した試料を解析すると,硫化鉱物の酸化はほとんど生じておら10)ず20) ,鉄酸化細菌の活動抑制を行うことができたと考えられる。しかし,工事日程や工事現場の事情により仮置きを行う場合には,できる限り転圧等を施して堆積層内に酸素が浸透することを防ぐことが必要になる。11)考文献今中忠行監修微生物利用の大展開,エヌティーエス,pp. 3~7, 12~23, 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