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出版

タイトル マレーシアにおける地盤工学の現状と課題(<特集>海外工事における地盤工学の現状と課題)
著者 長谷川 信介・矢部 満
出版 地盤工学会誌 Vol.64 No.9 No.704
ページ 16〜19 発行 2016/09/01 文書ID 72048
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  • タイトル
  • マレーシアにおける地盤工学の現状と課題(<特集>海外工事における地盤工学の現状と課題)
  • 著者
  • 長谷川 信介・矢部 満
  • 出版
  • 地盤工学会誌 Vol.64 No.9 No.704
  • ページ
  • 16〜19
  • 発行
  • 2016/09/01
  • 文書ID
  • 72048
  • 内容
  • 報告マレーシアにおける地盤工学の現状と課題Current Situation and Future Issues on Geotechnical Engineering in Malaysia長谷川信株応用地質介(はせがわ海外事業本部のぶすけ)リーダー矢部株応用地質満(やべみつる)マレーシア駐在員事務所所長. は じ め にマレーシアは,他のアジア諸国と同様に急速に経済発展を遂げている国である。図―に示すように,マレーシアの名目 GDP は,タイ,インドネシア,シンガポールと同様に 1980 年代中頃から拡大し, 1997 年のアジア通貨危機, 2008 年のリーマンショックの影響による一時的な落ち込みはあるものの,ほぼ右肩上がりに成長している。特に 2000年以降は急速に伸び, 2000 ~ 2014年の名目 GDP の成長率は,年平均10となっている。経済発展に伴い,建設投資も盛んに行われるようになってきている。政府・民間のセクター別の建設投資額の推移を図―に示す。政府と民間を合わせた建設投資額図―は, 2008 ~ 2009 年に落ち込んだものの,それ以降は右アジア各国の名目 GDP の推移。文献1) より筆者が集計肩上がりに増加している。 2009 年以降の建設投資額は,年平均 15 で伸びている。日 本のバブル期( 1986 ~1991 年)における政府・民間の建設投資額の伸びは年平均10程度(平成13年度建設投資見通し3)より筆者が集計)であったことと比べると,マレーシアの最近の建設投資額の伸びは日本のバブル期以上であることが分かる。セクター別に見ると, 2010 年以降の政府投資額は概ね 220億リンギット( 2016年 5 月 1 日現在,1 リンギット≒ 27 円)と横ばいであるのに対して,民間投資はほぼ右肩上がりに増加している。建設投資額に占める民間投資額は, 2010年には 79 であったものが, 2014年には 85 にまで増加している。図―に政府・民間のセクター別のプロジェクト数を示す。プロジェクト数は図―2006年以降6 000~8 000件を推移しており,政府投資額マレーシアにおけるセクター別の建設投資額の推移。文献2)のデータを元に筆者が作成が増えた2007~2009年を除けば,1/3~1/4 が政府投資,残りが民間投資という割合で推移している。このように,マレーシアの建設市場は民間投資が牽引している。このような状況にあるマレーシアにおける地盤工学の現状を報告する。.地盤工学コンサルタントと地質調査会社の社会的な位置づけ地盤工学を担う主要なプレーヤーである地盤工学コンサルタントと地質調査会社のマレーシアにおける社会的な位置づけについて以下に述べる。地盤工学コンサルタントマ レ ー シ ア に お い て は , コ ン サ ル タ ン ト ( Professional Engineer; PE)の責任は非常に重い。政府発注プ16図―マレーシアにおけるセクター別のプロジェクト数の推移。文献2)のデータを元に筆者が作成地盤工学会誌,―() 報告ロジェクトにおいて民間コンサルタントが利用される場離(以下,地盤条件の乖離と称する)による設計変更に合には,政府当局によってプロジェクトが承認され実行ついては,妥当な手続き,技術力を持って調査・設計がされる前に, PE が技術図面の承認を行う。 PE は自分行われたと判断される場合には,設計コンサルタントのが承認した図面のすべてに関して生涯責任を負い,承認責任は問われないとのことである。したプロジェクトに欠陥が生じた場合には,その責任が問われる。施工についてヒアリングを行った日系建設会社の担当者によると,土木プロジェクトにおいては,設計段階において土木地質調査結果は一般的には発注者から提供されるが,概工学,構造工学,地盤工学のコンサルタントが雇用されして調査数量は少ないため地質に詳しい第三者(大学のる。このうち,設計は土木工学や構造工学の設計コンサ先生等)に意見を聞く。また,建設会社側から,過去のルタントが担い,地盤工学のコンサルタントは設計コン経験に基づいて安全率や設計土質定数を提案しても PEサルタントを補佐する専門家とみなされている。プロジに受け入れられることは難しいとのことである。ェクト全体に対する責任は,設計コンサルタントが負うのが一般的である4)。地質調査会社地盤リスクについて事前調査・設計における地盤条件には不確実性が内在する。全国地質調査業協会連合会5)では,この不確実性マレーシアにおける土木プロジェクトは,設計施工とに起因する事業損失リスクを地質リスクと称している。 請負者施工のみの 2 種類がある。どちらの場合も,本稿では地質リスクを地盤リスクと称する。なお,狭義の社内に設計能力がある場合には,請負者が地質調査会においては地盤リスクを施工段階における建設費増大リ 社内に設計能力がない場合には,社を自ら任命する,スクとする。請負者は設計コンサルタントを雇い,設計コンサルタンヒアリングを行った政府機関の担当者によると,マトが地質調査会社を推薦する。すなわち,地質調査は設レーシアにおいては,地盤リスクは比較的低いと認識さ計コンサルタントのもとで実施される。れている。地盤リスクが発現した場合(すなわち,地盤以上のように,地盤情報に関しては設計コンサルタントの果たす役割が大きい。.地盤調査及び地盤リスクに関するヒアリング条件の乖離による設計・数量変更により追加の建設費が生じた場合)は発注者が負担する。ただ,大きな設計変更を強いられるケースは少ないため,狭義の地盤リスクについては大きな問題となっていない。また,マレーシアにおいても,開発計画の際には様々な側面(社会面やマレーシアにおける地盤調査の現状,地盤情報及び地経済面等)からリスクアセスメントを行うが,地盤リス盤リスクに対する関心を調査するため,政府 1 機関,クはそのうちの一部にすぎず,建設コストの削減を目的設計コンサルタント 1 社,日系建設会社 2 社にヒアリとした狭義の地盤リスクより訴訟リスクの回避の意識のングを行った。その結果を以下にまとめる。なお,以下方が高いとのことである。にまとめた内容は,あくまでヒアリング先の担当者の意一方,ヒアリングを行った日系建設会社によると,発見であり,マレーシアの現状を必ずしも的確に反映した注者から提供された地質調査結果を元に地盤リスクを見ものではない可能性があることに留意して欲しい。その込んで応札額を決める。地盤リスクが発現した際には,ようなことから,ヒアリング先の名称は割愛する。第三者からコメントをもらう等して発注者と設計・数量地質調査について地質調査会社によって技術の差があると認識されているようである。このため,ヒアリングを行った政府機関では認定制度を作る取り組みを進めている。また,ヒア変更の協議を行うとのことである。また,地盤リスクの回避のため,自前で地質調査を実施することもあるとのことである。Geotechnical Baseline Report(GBR)についてリングを行った設計コンサルタント会社では,地質調査近年,アメリカやシンガポール等では,地盤リスクが会社に対して独自の評価制度を設けるとともに,地質調高いと判断される場合に, GBR が作成されるようにな査を行う際にはスーパーバイズを行うことにより品質管ってきている。 GBR は,施工時に地盤が原因で設計変理を行っている。発注者及び設計コンサルタントの立場更が生じる場合に,発注者と請負者との間で議論のベーからみると,マレーシアにおける地質調査の品質は特段スとなる資料として使われている6)。の問題になっていないようである。設計についてヒアリングを行った 4 機関の担当者とも, GBR がマレーシアで導入された事例は知らなかったことから,マヒアリングを行った政府機関の担当者によると, PEレーシアでは GBR は導入されていないようである。まを持つ設計者は瑕疵による訴訟リスクを回避するため保た,ヒアリングを行った設計コンサルタントによると,守的に(かなり安全側に)設計する傾向にある。ただ,GBR をサポートするための受け皿となる組織がないた発注者としては過去の実績を尊重するため,それを逸脱め,マレーシアでの普及は難しいであろうとのことであするような設計は認めることが難しいとのことである。る。また,ヒアリングを行った設計コンサルタントによると,設計時に想定した地盤条件と実際の地盤状況との乖September, 2016ヒアリングのまとめ土木プロジェクトにおいては,PE の責任は非常に重17 報告いことから,PE は瑕疵責任を回避するために,地質調査の品質等を考慮して,かなり安全側の設計を行っているようである。また,発注者も過去の実績を尊重し,安全側の設計を許容しているようである。このため,少なくとも政府発注の土木プロジェクトにおいては,建設費削減という観点からの詳細な地盤情報に対する要求は高くないと推察される。一方,地盤リスクについては,発注者の認識では,地盤条件の乖離により大きな設計変更を強いられるケースが少ないため大きな問題となっていないようである。一方,建設会社側では,設計・数量変更を発注者に認めさせることに苦労しているものの,係争にまでは至っていないようである。マレーシアにおいても,設計に用いられる地盤条件には不確実さが内在していることを認識している例えば 4)。し か し , Shaw Shong LIEW4) は , プ ロ ジ ェ ク ト の ス図―国道185号のルートテークホルダーの多くは,確率論的に地盤条件の不確実性を扱うことを嫌い,設計コンサルタントによる決定論的な扱いを好むと述べている。以上のことから,地盤情報に関しては設計コンサルタントの果たす役割が大きいこと,少なくとも政府発注の土木プロジェクトにおいては,詳細な地盤情報の取得に対する要求や地盤リスクに対する関心は低いのがマレーシアの現状のようである。.事例斜面災害リスクの分析近年の急速な経済発展に伴い,地盤条件の厳しい状況での建設プロジェクトが行われるようになってきている。その結果,建設工事に関連する地盤災害が発生するようになってきている。このため,地盤災害という観点での地盤情報に対する関心について述べる。ここでは,Mohamad ら7)による高速道路沿いで発生した斜面崩壊の分析事例を紹介する。国道185号は,マレー半島を東西に横断する高速道路である(図―)。全長は約 390 km で,マレー半島を図―SMART トンネルのルート。文献8)の Fig. 1 を加筆修正南北に縦断する山岳地帯を貫く。多くの切土・盛土斜面が造られ,数多くの斜面崩壊が施工中及び完成後に発生する洪水により,商業地区での商業活動が妨げられて経している。この高速道路沿いの 48 箇所の斜面崩壊を分済損失が発生している。そして,そのような洪水は毎年析した結果,崩壊した斜面のうち 48 が設計の問題,のように発生している。23 がメンテナンスの問題, 19 が地質等の問題, 10が施工の問題であった。SMART トンネルは,突発的な洪水と交通集中という 2 つの課題を解決するために計画された。全長約 10この事例からは,設計の問題が解決すべき第一の問題km ,内径 11.83 m のトンネルであり,クアラルンプーであるものの,地盤に関連する問題は無視できない問題ルの上流河川と下流河川をバイパスするために,上流河となっていることが分かる。川に接続する貯水池と下流河川に接続する貯水池を結び,.事例SMART トンネルプロジェクトクアラルンプール市街地の下を貫く(図―)。このトンネルは,基本的には放水路トンネルとして利用されるマレーシアにおいて,地盤工学に対する要求が低いわが,全長 10 km のうち 3 km 区間は, 2 階建て構造となけではない。その事例として, SMART ( Stormwaterっており,自動車用トンネルとして兼用される。この区Management And Road Tunnel)トンネルプロジェク間は,交通集中が激しい地区に位置し,トンネルは交通ト8)を紹介する。集中の緩和対策として活用される。平常時には放水路トクアラルンプールの中心地区は,急速な経済発展によンネル兼自動車用トンネルとして供用される。突発的なる交通集中に常に悩まされている。また,突発的に発生洪水が予想されるときには,自動車道は閉鎖されて自動18地盤工学会誌,―() 報車道トンネルに増水した河川水を流す仕組みとなっている。さらに,自動車用トンネルとしても利用することに告ける地盤工学上の課題を以下にまとめる。石灰岩地層の掘削掘削に伴い,空洞や亀裂に起因より料金収入が得られるため,政府投資のみによる事業する地表面変状を生じさせる可能性がある。形態から民間資金も一部導入した PPFI ( Public Pri-住宅開発地及び周辺の斜面崩壊クアラルンプールvate Funding Initiative)へと事業形態が変更され,政市域は,堆積岩と花崗岩が分布しており,熱帯特有府の支出を抑制できる効果もあった。の風化による地層の劣化が複雑に進展している。そこのトンネルはクアラルンプール市街地の下の石灰岩の影響は表層下数十 m まで及ぶ。風化がどの程度層を貫く。石灰岩の上位には第四紀の堆積層が分布する。進んでいるか不明であること,地下水位も複雑に分その厚さは 4 ~ 5 m であるが,所々 20 ~ 30 m に及ぶ。布することに加え,開発により表層水・地下水の流石灰岩はよく知られているように,浸食による空洞や亀れが変わることにより斜面災害の予測が非常に難し裂が発達する。クアラルンプールにおける地下水位は非くなっている。また,斜面地の排水施設の維持管理常に高く,地表下 1.5 ~ 2 m である。このため, TBMも適切になされておらず,斜面災害リスクは高い。(トンネルボーリングマシン)の掘削では予期せぬ空洞このため,斜面地開発は住民にとって非常に敏感な問題となっている。や亀裂に遭遇し,大出水や土砂流入により陥没や地表面変位が発生し,地表の構造物に被害が発生することが懸スズの採掘に関連する地盤リスククアラルンプールは,スズの採掘で発達した歴史を持つ。中小河川念された。資産が集中する市街地の下を貫くため,建設工事に起沿いの沖積低地では,スズはほぼ掘りつくされた。因する災害(事故)が発生した際には社会的に大きな問跡地は浚渫土で埋め戻されたか,池になっている。題となる。このため,地質調査は念入りに行われた。石浚渫土で埋め戻された土地は概して軟弱である。ま灰岩上面の凹凸や石灰岩層内の空洞や亀裂を把握するたた,掘削により池の水を引いてしまい周辺地盤の変めに,400本のボーリング調査,マイクロ重力探査や比状を引き起こす可能性がある。抵抗電気探査が行われた。また,鉄道を横断する箇所では孔間弾性波トモグラフィも行われた。さらに,地表面変位をモニタリングするため定点測量,伸縮計,傾斜計,ピエゾメーター,レーザープリズムターゲット等のモニタリング機器が設置された。その数は 1 300以上に及ん参1)2)だ。 このトンネルは, 2003 年 11 月に建設が始まり,2007年 5 月に開通した。3). まとめマレーシアにおける地盤工学に対する要求は,これま4)で高くなかった。その理由として,そもそもマレーシアにおいては,地盤リスクは高くないと認識されていること,設計において建設コストの削減に対する要求は高く5)なく,かなり安全側の設計でも許容されてきたことが挙げられる。しかし,近年の経済発展は,国道 185 号やSMART トンネルの事例のように,より難しい地盤条件でのインフラ建設を要求している。国道185号では,6)山岳地帯を貫く道路建設で斜面崩壊が多発した。SMART トンネルプロジェクトでは,資産が集中する市街地の下でのトンネル建設であり,石灰岩層内の空洞7)や亀裂を貫く建設工事に伴う地表面変位を生じさせないことが要求された。難しい地盤条件でのインフラ整備が,建設工事に伴う地盤災害リスクを増大させている。このため,マレーシアにおいても地盤工学に対する要求は今後高くなることが予想される。また,マレーシアにおける地盤リスクは,施工段階での建設コストの増加リスクというより,施工中から供用時まで含めた地盤災害リスクと捉えるのがよいであろう。8)考文献世界経済のネタ帳,入手先〈 http: // ecodb.net /〉(参照2016.4.20).CIDB Malaysia: 2014 Annual report,入手先〈http://www.cidb.gov.my / cidbv4 / images / pdf / 2016 / FA 20CIDB  20Annual  20Report  202014 _ Publish.pdf 〉.(参照2016.4.5)国土交通省情報管理部建設調査統計課平成13年度建設投資見通し,入手先〈 http: // kenmane.kensetsu plaza.com/bookpdf/102/ai_05.pdf〉(参照2016.4.5).ShawShong LIEW: Role of geotechnical engineer incivil engineering works in Malaysia,入手先〈http://www.gnpgeo.com.my / download / publication / 2009 _ 08.pdf〉(参照2016.4.22).社 全国地質調査業協会連合会「企業間連携等の促進に財 建設業振興基金の助関する調査・研究委員会」報告書成金による建設産業構造改革事業)―地質リスクに関する 調 査 ・ 研 究 ― , 2007 . 入 手 先 〈 https: // www.zenchiren.or.jp/new/pdf/risk3.pdf〉(参照2016.5.9).社 全国区地質調査業協会連合会「地質リスク」海外調査ミッション―米国カリフォルニア州における地質リスクへの対応状況調査―報告書,入手先〈 https: // www.zenchiren.or.jp / risk / pdf / houkoku.pdf 〉(参照 2016.5.9 ).Mohamad Nor Omar, Som Pong Pichan, and MohardFadly Rosli: A detailed investigation on slope failures atfederal road (FT185)The impending improvement toJKR's existing guidelines for road in hilly terrain, International Conference on Slopes, pp. 2337, 2015.Yeoh Hin Kok, Cusztav Klados: Uniqueness of startproject in the logistic and construction challenges encountered during TBM north and south drive, International Conference and Exhibition on Tunnelling andTrenchless Technology, 2006.(原稿受理2016.5.19)参考として,マレーシアの首都クアラルンプールにおSeptember, 201619
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