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出版

タイトル 海外工事における地盤リスク対応の現状と展望(<特集>海外工事における地盤工学の現状と課題)
著者 大津 宏康
出版 地盤工学会誌 Vol.64 No.9 No.704
ページ 1〜3 発行 2016/09/01 文書ID 72044
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  • タイトル
  • 海外工事における地盤リスク対応の現状と展望(<特集>海外工事における地盤工学の現状と課題)
  • 著者
  • 大津 宏康
  • 出版
  • 地盤工学会誌 Vol.64 No.9 No.704
  • ページ
  • 1〜3
  • 発行
  • 2016/09/01
  • 文書ID
  • 72044
  • 内容
  • 海外工事における地盤リスク対応の現状と展望Current Situation and Scope for GeoRisk Response in Oversea Construction Projects大津宏京都大学康(おおつひろやす)大学院工学研究科. は じ め に日本企業による海外建設工事の受注額は,図―に示すように, 2000 年度までは約 1 兆円を平均値として推移してきた1) 。また,最新の海外建設協会 OCAJI注1) により示された数値では,近年増加傾向を示しているように見られるが,実際には海外法人受注額を除けば依然として約 1 兆円程度で推移している。この数値を国内建設市場の規模と比較すれば小さいことから,日本の建設業は必ずしも海外工事の受注に対して積極的に取り組ん図―海外建設受注の推移1)できたとは言えない。この理由は,従来日本国内において充分な受注環境が整っていたことに加えて,海外工事においてはカントリーリスクに代表される日本と異なる様々なリスク要因が存在するため,そのプロジェクトの推進に大きな課題があったことによると推察される。しかし,今後国内の建設市場が縮小することが想定されることから,その対応策として海外工事に対してこれまで以上に積極的に取り組む必要が高まりつつある。このような状況を踏まえて,本稿では,海外工事における地盤リスク対応の現状及び展望について示す。.海外工事における地盤リスク対応の現状図―海外建設プロジェクトにおける主要リスク要因の抽出結果2)海外工事を推進する上では,過去の事例においてはどのようなリスク要因によりコストオーバーラン・工期遅延が発生したかを分析することが有効である。その一事企業のみならず,どの国の企業が受注しても直面する危例として,図―に筆者らが実施した海外建設プロジェ険性があることである。日本企業はリスク回避的であるクトでのリスク要因の分析結果を示す2)。同図は,国際としても,海外の企業はこのようなリスク要因に対して協力銀行 JBIC 発行の 2000 ~ 2005 年の事後評価報告書どのような対応を図っているかを理解する必要がある。に示されている317件の円借款プロジェクトについて,さらに問題を要約すれば,これらのリスク要因が顕在化工期の遅延が生じた案件に着目し,遅延の生じたと判断した場合の損失が,発注者と請負者の間でどのように分されるリスク要因に対して複数要因抽出可として分類し,担されるかのルールを理解する必要がある。上位 10 個の要因を抽出したものである。図―に示すこのリスク分担の方法は,建設契約3)により規定され結果において,上位 2 つにランクされたものは,アドる。しかし,どのような契約方式を適用しようとも,本ミニストレーションリスクと分類される,「複雑な許認質的に発注者と請負者の間で,そのリスク要因の対応に可過程」・「実施母体の不明確な要求」という事項である。関する契約条件の解釈に相違が発生する危険性が高い。アドミニストレーションリスクに続くリスク要因は,海現状までに,日本ではこのような発注者と請負者の間に外プロジェクトに固有なリスク要因である。さらに,本発生した問題が,建設紛争までに至った例はほとんどな特集の主題である地盤リスク(図中では,地質リスクといが,海外の建設プロジェクトにおいては,途上国のみ標記)も10位にランクされている。ならず先進国でも,この解釈の相違に起因する紛争が裁ここで,留意すべき事項は,上記のリスク要因は日本判や仲裁へと発展した事例が多い。ただし,この紛争解注 1 ) (一社)海外建設協会 OCAJI Web ページ http: // www.ocaji.or.決には,一般的には多大な費用と時間を要することになjp/overseas_contract/#anchor2September, 2016る。この課題を解決,あるいは未然に紛争の発生を予防1 総説づく,発注者と請負者間での地盤リスク分担ルールである。 GBR は,契約書に付随する資料であり,発注者が入札時に対象とするサイトの地盤に関する基本条件(ベースライン)を定量的に明示するものである。請負者は,このベースラインに基づき応札するが,この際に受注するために自己責任でベースラインを下回る条件での積算は可能である。ただし,実際の施工中に明らかになった地盤条件が,ベースラインより以下の場合の地盤リスクは請負者が分担し,ベースラインより不良な場合のみ発注者がリスク分担することになる。.図―トンネル工事における調査ボーリング長比(ボー今後の展望海外工事では,特に途上国で顕著であるが,調査密度リング総延長/トンネル長)と設計変更事例とのが極めて少なく地質調査の品質に課題があることから,相関の事例5)地盤リスクを想定することが極めて困難である。この課題に対応するためには,以下のような取り組みが有効でする方策として, 1990 年代以降アメリカで生まれた紛争調停委員会 DAB ( Dispute Adjudication Board ),ああると推察される。まず挙げられるのが,日本の建設関係者が担当した既るいは紛争処理委員会 DB(Dispute Board を総称する)往の海外での建設工事において顕在化した地盤リスクにが普及してきた背景がある4)。関する情報の共有化である。現状でも,伝聞としては海このような取り組みにより,全般的には建設紛争の発外工事で地盤リスクに起因してコストオーバーラン/工生する環境は改善されたが,地盤リスクに起因する建設期遅延が発生する事例が多いことが知られているが,必紛争は依然として継続して発生した5)。ここで,地盤リずしもその事象が何故発生したかについての分析結果はスクの特徴は,以下のように要約される。すなわち,地明示されていない。このため,その損失の生じた要因が,下工事においては,地盤条件は調査設計段階にボーリン地盤条件自体に起因するものか,あるいは契約の不備・グ・物理探査等により調査されるが,調査費用の制約か解釈の相違に起因するものかが明らかでない。ら事前にすべての地盤条件を明らかにすることはできなこの課題に対応する一つの試みとしては,図―の事い。このため,地盤リスクは,一般的に「予見できない例分析結果に示したような主要リスク要因の抽出,及び地盤条件( Unforeseeable Geotechnical Condition )」とその分析結果に基づくデータベースの構築が挙げられる呼ばれ,トンネル・道路斜面・パイプライン敷設のようであろう。もちろん,これまでにも海外工事に関する事な線状構造物において特に重大な検討課題となる。例報告は,報告会・学協会誌等の様々な形態で実施され従来の建設契約では,入札時に提示された地盤条件よてきているが,上記のような主要リスク要因の抽出・分り不良な地盤が発生した場合の費用は,原則的には不可析結果が共有化されるまでには至っていない。したがっ抗力( Force Majeure)として発注者により負担されるて,このような取り組みの実施には,学協会が主体となよう規定されていた。しかし,その提示された地盤条件り関係者(発注者・請負者・コンサルタント)が一堂に自体があいまいであることに加えて,設計条件より地盤会して参画するとともに,総合的な見解を得ることが望が不良であることを請負者自体が立証する必要があるこまれる。実際に,前述の ASCE により提案された GBRとから,地盤条件の相違に起因する紛争は継続した。例の作成には, ASCE が主体となり関係者の協働で実施えば,図―は設計変更が発生したトンネル工事での統したシンポジウム及びワークショップでの議論が反映さ計資料として,設計変更率と調査ボーリング長比(ボーれていることが参考となるであろう。リング総延長/トンネル長)の関係を示したものである。次に,海外における地盤条件に関する情報の収集に関同図に示す結果から,2 つの事項が指摘される。第 1 に,しても,学協会には以下のような役割が期待される。そ線状構造物であるトンネル工事では,調査ボーリング長れは,海外の関係機関との連携の促進である。もちろん,比が大きいほど,すなわち地盤条件に関する情報が多いこれまでにも多くの学協会は,海外の関係機関との連携ほど,設計変更事例が減少する傾向となる。第 2 に,を図ってきた実績はあるが,ここで提案するものは,建図―では設計変更率として,請負者の要求した率と,設プロジェクトに関する,より実務的な情報の共有化でエンジニア(コンサルタント)の評価した率の 2 種類ある。例えば, Hoek ら5) が指摘しているように,現地が示されているが,全般的に請負者が要求した変更率のの地盤情報は,ローカルカンパニー及びローカルの高等方が大きくなっている。教育・研究機関に蓄積されていることが多い。その一例このような背景から,様々な取り組みが実施されてきとして,以下にミャンマーの水力省のエンジニアが取りたが,その代表例が,アメリカ土木学会 ASCE によりまとめた,水力発電所建設プロジェクトおける水路トン提案された GBR(Geotechnical Baseline2Report)6)に基ネル建設時の地盤リスクの検討例7)を紹介する。地盤工学会誌,―() 総図―説A 水力発電所水路トンネル(L=540 m & q=8.5 m)における設計時 Q 値と施工時 Q 値の比較及び崩落箇所の代表例が,ASCE により提案された GBR に基づ図―は A 水力発電所水路トンネル( L= 540.0 m &q = 8.5 m )における設計時 Q値8) と施工時Q 値の比較,く,発注者と請負者間での地盤リスク分担ルール及び建設中に切羽及び天端でトンネル崩落が発生した箇所を示したものである.この結果において,施工時にである。3)今後の展望としては,以下の事項が不可欠となる12 箇所でトンネル崩落が発生したが,その多くは施工ことを示した。第一には,図―の抽出結果に示時に算定された Q 値が,設計時に想定された値に比較したような海外工事での主要リスク要因の抽出,して小さく,不良地山( Very poor)と判定される箇所及びその分析結果に基づくデータベースの構築,に分布していることが明らかとなる.このような地盤リ第二には海外の関係機関との連携の促進による情スクに関する情報は,今後当該地域における地下工事で報の共有化を挙げた。このような取り組みを推進の地盤リスク評価に極めて有用なものとなる。そして,するためには,学協会が主導的な立場として,関ミャンマーにおいても,このような地下工事での地盤リ係者間の連携を図ることが期待されることを示しスク評価の検討が既に始められつつあることを紹介した。た。なお,地盤リスクに対する新たな対処方法であるGBR の適用は,現状では欧米に限定されているようであるが,昨今の建設市場の国際化が進行しつつある動向参1)を踏まえると,近い将来には途上国の建設プロジェクトでも GBR が導入されることが想定される。このような2)状況に対処するためには,海外工事における地盤リスク対応においては,技術者は地盤工学に関する知識に加えて,建設契約に関する知見を理解することも不可欠な要3)4)素となるものと推察される。. まとめ5)本稿では,海外工事における地盤リスク対応の現状及び展望について示した。その内容は,以下のように要約6)される。1)海外プロジェクトには多様なリスク要因が内在することが知られているが,図―の抽出結果に示7)したように,地盤リスクもその中の主要な要因の一つとして挙げられる。2)海外における建設紛争が多発したことの対応として, DAB, DB が普及したことで,全般的には建設紛争の発生する環境は改善されたが,地盤リスク8)考文献齋藤 隆建設プロジェクトマネジャーの資質と能力に関する基礎的研究,建設マネジメント研究論文集,Vol.12, pp. 207~218, 2005.大津宏康プロジェクトマネジメント,コロナ社,2011.例えば,Flanagan, R. and Norman, G.: Risk Management and Construction, Blackwell Science, 1993.大本俊彦 Dispute Board 紛争処理委員会,日刊建設工業新聞社,2010.Hoek, E. and Palmeiri, A.: Geotechnical risks on largecivil engineering projects, Keynote address for Theme I―International Association of Engineering GeologistsCongress, Vancouver, Canada, 1998.American Society of Civil Engineers: Geotechnical Baseline Reports for Construction, Suggested Guideline, TheTechnical Committee on Geotechnical Reports of the Underground Technology Research Council, 2007.Htun, W.: Case Study of GeoRisk Management on Tunneling of Hydropower Development,京都大学大学院修士論文,2015.Barton, N., Lien, R. and Lunde, J.: Engineeering classiˆcation of rock masses for the design of tunnel support,Rock Mechanics, Vol.6, No.4, pp.189236, 1974.(原稿受理2016.5.23)に起因する事案は継続した。この課題への対応策September, 20163
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